海援隊

いろは丸(想像図)

江戸時代後期の幕末に、坂本龍馬が中心となり結成した浪士結社であり、私設海軍、貿易会社として活動した。

海援隊は亀山社中(亀山隊)時代を加えても、慶応元年(1865)閏五月から慶応四年(明治元年・1868)四月までの 約三年間に亘る、比較的短期間の活動であった。

土佐藩の援助を受けたが、基本的には独立していて、 仕事の目的は「運輸、射利、投機、開拓、本藩の応援」であり、射利つまり利益の追求が堂々と掲げられていた。 いわば、船会社と海軍を兼ねた組織で、その中で、隊士が航海術や政治学、語学などを学ぶ学校でもあった。又、日本初の株式会社とも言われている。

1865年、幕府機関である神戸海軍操練所の解散に伴い、薩摩藩の援助を得て長崎の亀山において前身となる「亀山社中」が結成される。 物資の輸送や航海訓練を行い、1866年の第二次幕長戦争においては、長州藩の軍艦に同乗し、6月の下関海戦に従軍する。

1867年4月には龍馬の脱藩が許されて隊長となり、土佐藩に付属する外郭機関として海援隊と改称される。

同年、海援隊のいろは丸が紀州藩の船に衝突され瀬戸内海で沈没した際、紀州藩に「万国公法」で交渉、 賠償金8万3000両(実額支払い7万両)を獲得している。