幕末から維新、そして近代…

流動する時代の中、日本は大きく変わろうとしていました。人々の熱い思いが、国を、日本を動かしたのです。人の心を動かすのは、思いです。熱い思いとともに 時代を駆け抜けた人々がいました。 日本の歴史を作った一人とも言ってもいい、彼らがいなければ、今の日本はまた違うものになっていたでしょう。そんな土佐にまつわる人物を紹介します。

本サイトは様々な資料、文献を参考にしています。あくまでも客観的に一般論に基いて表記しております。
それぞれのファンの方から見ると「それは違う!」と思われる方もいるかもしれませんが、暖かく見守ってください。

-管理人 谷岡-

『土佐の人物伝』管理人コラム

2015年8月7日 ★LOVE龍馬像★

夏本番。高知県も観光シーズンの最盛期です!高知の観光スポットで有名なのは高知城や桂浜、そして坂本龍馬像です。とりわけ、龍馬像は高知に来たなら一度は訪れて見ていただきたい。
  今どきの旅行は、口コミサイトを頼りに色々行くみたいですね。そこで旅行関係の口コミサイトで、龍馬像の感想を見てみました。「素晴らしい」という感想に交じって、え?っと思ったのが「驚くほど大きい」という声。龍馬像は台座を合わせて13.5mです。自由の女神は93m。上野の西郷さんは台座の高さが分りませんが、おそらく8mくらいでしょうか。やはり龍馬像はそれないりに大きいです。
  それと「桂浜じゃなくて高台やん、ガッカリ」という声も。なるほどね、そうきましたか。普通に考えて、砂の上には建てないと思いますけど、、、。

龍馬像の建設は昭和3年5月。この事業は一人の青年の声から始まり、多くの青年達の寄付によって実現されました。時の総理大臣も祝辞を述べたとのこと。台座には「建設 高知縣青年」と刻まれています。龍馬らしいなぁ(^^)  詳しくは高知新聞さんのサイトをご覧ください→こちら
 これを読んで来ると、龍馬像の観光が一層豊かになりますよ♪ガッカリせんようにね!
私は龍馬像が大好きです。龍馬も好きだけど、このエピソードにグッとくるのです。 高知に沢山の方が来られて、楽しんでいただけますように(^^)♪

2015年1月14日 ★サイトの移動について★

皆さん、明けましておめでとうございます。
今年も、土佐の人物伝をよろしくお願い致します。
  さて、ずっとOCNさんの「ページON」というサービスを使ってサイトを運営してきたのですが、OCNさんがそのサービスを終了するという事で、ドメインを新たに取りサイトのお引越しをしました。
新しいURLは http://www.tosa-jin.com ですので、登録のし直しをお願いいたします。

今年も"土佐のいごっそう・はちきん"の歴史をたどっていきたいと思います。
それと、今年こそ岡田以蔵のお墓参りに行きたいと思います!!(あと、八畳岩にも行きたい)やりたいことが山積みです。。。(^^;

 

2014年11月1日 ★龍馬とお金★

龍馬の命日が迫ってきました。
 本日11月1日は、龍馬は越前の松平春嶽と対面したそうです。そしてこのころ「新政府綱領八策」を策定したそうです。
松平春嶽といえば、龍馬が勝海舟と海軍塾を作るときに5千両出資してくれた方です。今のお金にすると11億円だそうですね。 そんな大金を借りるために、龍馬は必死に交渉にあたり、プレゼンをしたことでしょう。金額も大物ですね、龍馬は。
 でも、こんなエピソードもあります。龍馬がまだ土佐にいたころ(文久元年)土佐勤王党の仕事で萩へ行くさい、親戚の田中良助に2両を借金していったそうです。その時の借用証が平成になってみつかりました。現在も残る田中良助邸のふすまの中に貼りこめられていたそうで、ふすまの貼り換え作業をしていた時に発見されたそうです。田中さんも龍馬の旅に危険を感じていて、この借用書が見つかったら大変だと思い、ふすまに貼りこんだのでしょう。ちなみに、借用書が残っているという事は、2両は返していないということですかね(^^)

今年の大河ドラマもあとわずか。来年はまた幕末という事で、龍馬もでるのかなぁと楽しみが膨らみます。

 

2013年11月16日 ★龍馬生誕の日に寄せて★

昨日は178回目の誕生日でした。
  龍馬って好きな人ばかりじゃなく、アンチも結構いますよね。まあ自由なんで何とも言えませんが、現実、龍馬や中岡慎太郎、高杉、桂、西郷といった人たちがいなかったら世の中変わらなかっただろうし、やはりその功績は大きい。
  個人的には、やっぱり古い体制を改革していくのはすごいエネルギーがいるし、皆を説得させ前進させていくには、人並み以上の智慧や力量がいる。そういった意味で本当に龍馬や維新の志士たちを尊敬します。私も見習っていきたい。 実際、ちょっと八方ふさがりかなと思った時、「龍馬ならどうするかな」とか考えてみたりします。

  変わりたくない人、変わりたいけどどうすればわからない人、変わろうと努力する人、逆に元に戻そうとする人。人を傷つけてはいけないが、悪い慣習を見直し、やっぱり私は常に「前進」する人でありたい。

2013年6月3日 ★自由民権運動やき!★

皆さん「八重の桜」見てますか~?いよいよ、前半のクライマックス。
龍馬もちょこっと後姿だけ、名前だけ、出演していましたね。幕末を描く上で、欠かせない人物ですものね。

さて、土佐藩からは板垣退助が主要登場人物の中にいます。
土佐藩は維新の立役者ですが、その後、新政府の中心からは離れ、自由民権運動へと転じていきます。 一説には薩長は関ヶ原の戦いでは西軍に、土佐藩の山内氏は東軍だったため、どうしても微妙な関係にあったという見方があります。
 しかし、近年の研究では、自由民権運動とは愛国主義思想の始まりだったとのことが分かってきたらしいです。自由民権と言っても壮絶な権力闘争の中に、民の「声」は置き去りだったのではないでしょうか?

そんな中、高知の上町では日本初の婦人参政権が認められました(明治13年)。流石は土佐の女性!目の付けどころがすごい。義務と権利は両輪ですものね。 しかし、その後、国により廃止され、第二次大戦後まで婦人参政権は認められませんでした。

今まで「自由民権運動」に触れたドラマは少なかったですが、ひょっとすると今回はクローズアップされるかもしれません!ひそかに期待しています!



2012年11月2日 ★青年龍馬に思いを寄せて★

久しぶりのコラムです。 「なんぼ言うても、龍馬の生誕に合わせて更新せないかんろう」と思って、重い筆をとりました。

今年も龍馬の命日が近づいてきました。全国の龍馬ファンは、この日をそれぞれ特別な思いで迎えているようです。
 私はそこまでした事はないのですが(^_^; 多かれ少なかれ、それぞれのところで頑張っている人たちは、すでにプチ龍馬なのでしょうね。
 しかし、誰しも年齢を重ねると「龍馬のように純粋に!」という気持ちが薄れてきます。というか、私は忘れてさえいいます。(ダメじゃん!(^^;) 龍馬は青年らしく、信じた道を真直ぐにつき進みました。そこが龍馬の魅力だなと、私は感じます。

龍馬生誕の11月は「龍馬の如く」青年の心で頑張っていきましょう!

PS.今年(11月18日)の桂浜で行われる「龍馬まつり」に、よさこい踊り子隊として参加します!桂浜の龍馬像前や、龍馬記念館前で踊りますので、お立ち寄りの際はぜひ観てくださいね!



2012年4月20日 ★平家伝説★

コラムの更新を、しばらく放置しておりました。すいません。本日より再開いたします!

 さて、春になり高知では桜が早々と散り、今はツツジや花水木、藤の花がきれいにさきほこっています。
 この四国の山深い村々には、平家の落人伝説が沢山のこっています。
今の大河ドラマ『平清盛』では、後半で源平合戦が繰り広げられる事でしょう。
  また、平家の落人が安徳天皇を守り、高知県越知町に逃れたとの伝説も残っております。土地の人の中には、今も密かに安徳天皇の墓所をお守りする方々もいるとか。。。数百年を超えて、今でもその役目を果す精神に、平家の強い絆を感じます。
  でも大河ドラマでは、どこまで描くでしょうか?安徳天皇が逃れた先までは放送しないでしょうね。。。

  余談ですが、高知県には平家の他にも沢山の人が流れてきています。長宗我部元親の先祖は秦氏といわれていますし、関ヶ原の戦いで敗れた石田三成の子孫も土佐の山奥に逃れたと、また坂本龍馬の先祖は、織田信長を倒した明智光秀の娘婿であるとも伝説があります。 優秀な人が沢山来たんですね~。
今も、都会の人をどんどん受け入れたらどうかな?優秀な人、高知に集まれ!(^^)


2011年11月4日 ★龍馬の誕生日★

今年もまたこの月がきましたね。龍馬の誕生日でもあり、暗殺された日でもある11月15日。
高知では毎年、龍馬祭りがおこなわれ、桂浜の龍馬像の横には巨大なヤグラが建ち、龍馬像の目線に立って海を見ることができます。11月27日まで開催されています。
今年は11月でも暖かい日が続きますので、是非高知に遊びに来て下さい(^^)

さて、高知市の高知駅前には7月より坂本龍馬、武市半平太、中岡慎太郎の三人の巨大像がお目見えしています。
今日改めて三志士像を眺めている時、FMラジオからスキマスイッチさんの「全力少年」が流れてきました。龍馬をはじめ、幕末に活躍した青年は皆"全力"だったろうな~。と思いをはせつつ。。。 そもそも、青年の特権は"無限の可能性"です。私も"全力少女"(笑)の気概で頑張らねば!と思いました!
今晩は、「龍馬伝」の録画を見直して、気合いを入れましょう!

2011年5月23日 ★長宗我部元親を偲びつつ★

先日、長宗我部元親の半生を描いた演劇、「誰ガタメノ剣~長宗我部元親伝~高知公演」を見てまいりました。演じたのは東京のシアターキューブリックさん。
本当に面白かった、感動しました(^▽^)。そして全員東京の役者さんなのに、こんなにも土佐に思い入れを入れて演じてくださり感動もひとしおです。この作品は高知で演じて大正解!やったと思います。ホンマにありがとうございます!!!

しかし戦国時代、土佐は上方から遠かった。土佐の英雄・長宗我部元親が四国の英雄になり、でも力づくで信長、秀吉に攻め込まれ、やむなく土佐一国に。
元親の亡き後を継いだ盛親も、関ヶ原の戦いの時、東軍の家康に付こうとしたが、石田三成が設けた関所にひっかかり、西軍に付くことになった。
あと2日決断が早ければ、というところだろう。やはり、上方から遠かったのだ。情報が遅い時、リーダーの決断は早く求められる。 苦しい決断。強靭で聡明な精神力が求められる。決して盛親も元親に劣らぬ良い武将だったでしょうが、上方に近かった山内家はうまく切りぬけたのだ。
力ありながら、亡んでいった長宗我部一族。なんだか切ないです。

ともあれ、シアターキューブリックさんのさらなる活躍をお祈りします。また高知にきてね~(^◇^)

2011年3月16日 東北関東大震災

3月11日(金)に発生した三陸沖を震源とする東北関東大震災で亡くなられた方々のご冥福を、衷心よりお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、関係者の皆様方に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧・復興を強く信じ、真剣に祈念しております。
幸いにも被害を受けていない私たちは、皆様の分まで頑張って働き、日本を盛り上げていきます!東北負けるな!

2011年3月5日 ★長宗我部元親伝★

皆さん大河ドラマ「江」見てますか?今年も面白いです!まあ「江」の波乱万丈の人生はここからですがね。

さて、様々ないきさつでシアターキューブリックさんという劇団(東京都中野区)の「誰ガタメノ剣-長宗我部元親伝」という劇の高知公演を、応援することになりました。実は、あまり元親の事は知らないんですけど。。。(~_~;) そこで今、元親の本を読んでいます!率直に感じるのは〔一領具足〕と言われる組織からも分かりますが、農民との信頼関係があったということ。それは国内の政治がうまく行われていた、ということです。南国なので米もよく採れたことも安定に繋がったと思いますが、元親はなかなか魅力ある人物ですネ!
例えば甲斐の武田信虎などは農民(領民)にうとまれていたし、そういう内政が乱れていたことで、さらに外敵にも狙われた。
やはり内政が大事ですね。ふ~、日本の総理!その辺分かってますか!国民の心は離れてますぜ!なんちゃって(^_^;)

「誰ガタメノ剣-長宗我部元親伝」の公演は5月。刀なし、カツラなし、チャンバラなしの時代劇らしいので、楽しみ(*^_^*)問い合わせは県立歴民館によろしく!地元にいながらその魅力を知らない、高知県民の皆さん!一緒に行こうぜよ!


2010年12月4日 ★「完」そして「希」★

大河ドラマ「龍馬伝」遂に終わっちゃいましたね。今日再放送も終わり、本編の放送はすべて終了しました。あっ年末に総集編があるみたいですけど。
やっぱり少しさみしいですね。この1年、高知県は「龍馬!龍馬!」でやってきたし、私もそうでした。あまり見ていなかった友人も「なんか終わると寂しいね]と一言。やっぱりそうだよね。。。寂しい。。。(/_;)

暗殺のシーンは、中岡慎太郎と未来の日本や自分たちの将来の事を、そして「夢」を語りながら美しい時間が流れていきます。そこへ突然の刺客。あっという間に二人は惨殺される。そこでぷっつりと龍馬の人生は終わり、最後に「完」が出る。
最後の15分間のシーン、混沌とした空気から急に色鮮やかな「希」がまるで花火のように打ち上げられ、キラキラと輝き、ざっと消えた。そんな印象を持ちました。

実際のところ、一下級武士の龍馬さんができたことも、ここまでだっだのでしょう。龍馬の理想は完ぺきでしたが、しかし、弥太郎や慎太郎が言っていたように、人の心はそんなに簡単なもんではありません。仮に龍馬が藩の重役であったなら、まだまだ色々できたかもしれません。政治の世界に飛び込んでその実力を発揮していただきたかったです。
ともかく、1年間龍馬伝の撮影、宣伝、お疲れさまでした(^^)本当に面白かったです!

さて、来年の大河は「江」ですね(^^) 私は諸田玲子さん著の『美女いくさ』を以前読みました。昔の姫様は大変ですね。。。戦国時代から江戸へ、やはりドラマは尽きません。楽しみに見ましょう!


2010年9月6日 ★龍馬が暗殺される…★

大河ドラマ「龍馬伝」遂に佳境に入ってきました。ドラマの公式サイトでは寺田屋騒動を「龍馬暗殺のプレリュード」と紹介されていました。寺田騒動ではお龍が入浴中に敵を発見し、裸で二階の龍馬に急を告げたことが有名です。私としてはほんの数十秒のことと思っていたのですが、ドラマではかなりじっくりと包囲され戦闘が始まったように描かれていました。例えドラマだとしても目で見るのと、単に本や知識で"知っている"のとでは印象が違いますよね!今後、大政奉還に向けて龍馬の周りで起こることを映像で見れるのは楽しみです。(^0^)
さて、ここで気になるのが龍馬暗殺についてです。実行犯、黒幕さまざまな説があります(こちらを参照)。皆さん、犯人は誰やと思います?私は薩摩藩黒幕説(キャッ!言うてしもうた)ですけど、みんなどう思う?そこで!姉妹サイトで大アンケートをすることにしました!みんな気軽に参加してね→龍馬暗殺・犯人は誰だ!?
今回のドラマ人気によって写真や手紙など、様々な新発見が出てきていますが、暗殺についても新たな発見があることを、説に願います。
しかし、やはり、もっと生きてもらいたかった。。。龍馬。。。(/_;)


2010年7月12日 ★半平太、以蔵 逝く★

はぁ~。ついに武市さんと以蔵が逝ってしまった。あの切腹シーンは凄かったですね。「まちやーー!」三文字切腹とは、凄いです、武市さん。以蔵は今回かなり新しい以蔵像が描かれているのではないでしょうか。私のイメージではもう少し荒々しく「触れば怪我する」的なめちゃ怖い人です。しかし、純粋で線の細い以蔵も有りかな、と。 物語り自体は、かなりフィクション化されていますがね。。。(^_^; 
 来週から第三部です。新しいキャストが沢山出てきて、いよいよ動き始めます!土佐の人物としても中岡慎太郎が登場!楽しみです!(^^)
 それにしても、龍馬はやっぱり人気がありますね。優しい、女性にモテる、人間が大きい、時代の先を行く哲学、行動力、実行力、、、。ヒーローの要素を全て踏まえていますよね。ここからの第三部は、今を生きる私たちにはかなり参考になると思います。私たち一人ひとりが龍馬のごとく、時代を開いていこう~!!!主役は「私たち」ですぜ~!

2010年4月3日 ★龍馬と半平太★

龍馬さん土佐を出ましたね。いよいよ明日からは第二部が始まります。ここからは皆さんがよく知る、「坂本龍馬」ではないでしょうか!?
 なんかですね、龍馬は脱藩して“組織から放たれた”と言われていますが、私は違うと思います。むしろ龍馬は「海援隊」や「薩長同盟」など新たな組織を作り、自分の描いたより良い組織を作りました。
 あれがいや、これがいや、と環境のせいにして自分自身の責任をとらない人ではなく、自分の責任をきちんと果たしていく龍馬の姿に感銘をうけます。そういう意味では武市半平太も同じでしょう。
 
 さて、第一部の『龍馬伝』ですが、武市半平太と龍馬はもう少しフレンドリーだったと思われます。龍馬は半平太のことを「アギ」と呼んでいましたし、半平 太の道場の門柱に酔って立ち小便をした時(よくしていたらしい…)、奥さんのお富さんは「あなた、龍馬さんがまた門に小便しゆう。何とか言ってください」 と半平太に言いますが、「まあ、かまんやいか(いいじゃないか)」と半平太は笑っていたそうです。それだけ龍馬が優秀なことを、半平太も十分わかって いたのです。半平太も、今のドラマで描かれるより、もっと優秀な人だったようです。
 考え方を龍馬と共にできなかったのが、非常に残念です。。。


2010年1月13日 ★龍馬伝・始まる★

皆さ~ん!見てますか、龍馬伝!なんだか龍馬・龍馬とすごい人気ぶりですよね、このごろ! 私は楽しんで見てますよ。福山さんかっこいい(^^)!
 「土佐の人物伝」もアクセス急増中です!その中で、よく見ていただいているのが「土佐藩」のページです。県外の方には馴染みのない身分制度である「上 士」と「下士」。サイトにも載せておりますが、大きく別けて、藩士山内氏の元々の家臣が「上士」で、地元の大名だった長宗我部氏の家臣だったのが「下士」 です。詳しくはこちら
  上士と下士の間には細かく決めごとがあり、例えば上士は下駄を履いてもいいのですが、下士はワラ草履でした。第1回の龍馬伝の放送で、龍馬が上士に殴られる時、下駄で殴られていましたね。
  さらに、上士に道ですれ違う時は道を譲り、頭を下げなくてはいけませんでした。上士が家老クラスの人だと、土下座しなくてはいけなかったようです。でも、 上士の顔を全て覚えている訳ではないので、身なりや、お付の人の数で判断していたようです。例えば、お付が3人以上だと家老という風に。
  
  いづれにしても、 龍馬の生まれた町に今住んでいるのですが、時には乙女ねえやんに怒られ、時には仲間とお酒を飲んで酔いつぶれ、走ったり、泣いたり、笑ったりと、今にも上町に龍馬の笑がさざめくようです。

 

2009年2月9日 ★龍馬・史跡めぐり★

先 日、坂本龍馬や土佐勤皇党など、幕末の志士達に関わる史跡を、贅沢にも、坂本龍馬記念館の学芸員さんのガイド付きで巡ってきました!やっぱり現場に行って 説明を聞くと、当時の侍達の息づかいが感じられて、本や知識で得るものとは違う価値がありました!例えば「え~、こんな遠くまで歩いてきてたんだ」とか、 「この岩に龍馬もすわってたんだ~。私も座っちょこう」とか(^^)ミーハーぶりも発揮!学芸員さんにもあれこれと質問攻め(^^; 優しく答えてくれま したよ!
参加した方と、あーでもない、こーでもないと語り合いながら、「龍馬は謎が多いき、自分の龍馬を語る。それがえいがよ!」との感想に、ふむ。納得です。


今回、史実をたどり、改めて龍馬が時代の優れた先駆者であったことを確認できました。
確かに、武市半平太や吉田東洋も優れた人物であった事は間違いないのですが、古い考えから抜け出せなかったのですね。武市の「尊皇攘夷」の考え方だと、結 局、農民にシワ寄せが行き、財政破たんしてしまう。江戸時代のやり方は、財政破たんを起こしてしまう経済システムであることを、一面に含んでいました。そ う、日本は潰れる寸前だったことは間違いないでしょう。
龍馬の「このままでは、日本は外国に負けてしまう!薩摩じゃ、長州じゃこまい事(小さい事)やのうて、要は日本がどうかぜよ!」と聞こえそうです。
経済システムを立て直す。龍馬が暗殺されて142年。彼の言葉は時代を超えて、私たちに“今を考える”何かを残してくれたのではないでしょうか?
ちなみに、この龍馬史跡めぐりツアーは、本年4月から土佐電トラベルさんより売り出されるそうです。一足お先に行って来た、谷岡の報告でした!

2008年 ★2010年大河ドラマ★

再来年、2010年のNHK大河ドラマが『龍馬伝』と決定しましたね!
龍馬ファン・弥太郎ファンの私は、「やった~~~\(^▽^)/超~うれしぃ(^ε^)!」ってかんじです。
脚本『海猿』の福田靖、演出『ハゲタカ』の大友啓史。
どんな龍馬になるのか楽しみです! 撮影は来年8月からとのこと、高知にも来てくれるのかな~?

さて、歴史に思いをはせる「土佐の人物伝」。でもこれから未来の「土佐・高知」も大事ですよね。
現在、環境問題や食料問題がすごいクローズアップされています、高知県では南海大震災に備えた対応策なんかも注目されています。江戸時代にも当然、飢饉・ 疫病・地震などの災害が起こり、大きくは四つの大飢饉がありました。異常気象が直接原因ではありますが、農業政策や土木事業、政策の失敗が飢饉に繋がって いた面も見逃せません。中でも寛永の大飢饉では異常気象と共に、武士階級の困窮から農民への更なる収奪になり、大飢饉の地下原因になったといわれていま す。
そんな時を経て、開国し、地球資源を根こそぎ採ってきた私たち。
今も昔も、自然環境との共存なくして人は暮らしていけませんね。
グローバル社会での新しい環境維新が必要ですな!今こそ!日本が環境の坂本龍馬に!!

2007年終わり ★龍馬の生き方★

最近、つくづく龍馬がすごいと思います。その魅力は龍馬を知れば知るほど増します。
龍馬のように才能有り、器の大きい、純真な人物はやはり『土佐にあだたぬ人』だったのでしょう。
(とさではかかえきれない人、という意味。従兄弟の武市瑞山が言うたそうな)
龍馬の人生は吉田松陰の弟子達により松陰の思想に触れ、その実力を開花していきました。
彼の求めていた思想、考えがピッタリあったのでしょう。それは当に“時代の教え”だったのでしょう。
そう感じると松陰のことをすごく知りたくなりました。
それはともかく、その思想を現実の事として具現化し、そうするために自分をどうもっていったか。
ここが龍馬のすごいところで、他の誰にもできないことでしょう。
もちろん名だたる戦国武将も同じことですが、それは「攻める」「守る」という戦いの中で自身の「天下」とう欲望や夢をかなえるために突き進んできたこと。しかし龍馬は無償の戦い。
しいといえば大きく開けた日本を見てみたい!という好奇心でしょう。
そして必ず実現してみせるという強情な決意!愉快に大きく笑いながら幕末を走りに走った!恋もした!
繰り返してしまいますが、龍馬がどう自分をもっていったか、私はそれを龍馬に学びたい。

2007年初め ★財★

2007年ですねー。なんだか暖かい日が続くので、まだ冬だとゆう実感がわきません。
さて、江戸時代初期、というか土佐藩が出来た時、土佐の石高は20万石と言われています。
(後に24万石の申請を幕府に提出したが、それは認められなかったらしいです)
幕末の土佐はというと、およそ50万石に迫る石高だったようです。
当時20万石あれば雄藩でしたので、50万石と言うのは立派なもんです。
二代藩主・山内忠義に使え、様々な農地開拓や、土木工事を行い、土木神の化身といわれた野中兼山の業績が大きかったのでしょうか。今でも兼山が開いた港が残っています。
とにかく財政強化に縦横無尽に動いた人でした。 今は自治体でも財政難で維持していけない市町村が沢山あると言われていますよね。やはり、ここまでくれば一企業や個人の力ではどうすることも出来ないのだ と、Y市を見て思いました。 兼山のような豪腕が今の高知県にもいたらな~!

2006年12月16日 ★功名の果てに★

無謀にも「龍馬暗殺」についてご意見を求めたところ、『龍馬好きです!』、『この日を意味深く迎えます』などど、数々のご意見を頂戴し、ありがとうございました。
さて、18年の大河ドラマ『功名が辻』ついに終わりましたね。
あまり山内一豊・千代について詳しい方ではなかったのですが、1年間楽しく見ることができました!
千代すごいですよね~、同じ女性としてとても尊敬します! 第一回のコラムでも書きましたが、一豊・千代のおかげで戦乱を乗り越え土佐を治めた山内家ですが、幕末では徳川慶喜に大政奉還を建白したとされています。
倒幕の中心でありながら、徳川に近い位置にいた山内家・土佐藩。 なかなか難しい立場にいたことは確かですね。龍馬もその渦の中で様々な思惑の中、暗殺されました。
ちなみに大政奉還の原案は坂本龍馬の考えた「船中八策」です。
その龍馬の祖先は明智光秀の娘婿・明智秀満との説もあります。(家紋にも桔梗がありますしね!)
戦国時代・幕末、徳川家・豊臣家・織田家、近江・尾張・江戸、長州・薩摩・土佐。 民主主義・資本主義の今、日本の中心はどこにあるのでしょうか?

2006年11月1日 ★暗殺の夜★

今年もこの日が近づいてきました。11月15日。
くしくも33回目の自分の誕生日に、京都近江屋で暗殺された坂本龍馬。
龍馬と慎太郎の暗殺には様々な説があります。土佐藩説・薩摩藩説・見回り組み等々。
その中に本物があると思うと、歴史のミステリーにはどこまでも深く興味をそそられます。
詳しくは坂本龍馬の56と、中岡慎太郎の全頁に記しています。
龍馬のファンの人はどんな風に考えているのかも知りたいところです。どなたかご意見を公募してみようかな。なんて考えましたが、一通もこなかったら悲しいので止めました。
(^^; まあそれでも答えてやる!という方はご意見フォームから送ってください。
暗殺の時龍馬はやっぱり悔しかったでしょうね~。夢に見た新しい日本を見ぬまま死んでいくことを。
事を成すか成さないかは勇気ある行動!で決まります。
龍馬を暗殺したと言われている多くの人は、結局は龍馬に嫉妬していた人でしょうね。
嫉妬は人を殺し、自分をも殺していく。 うそや陰謀が渦巻く幕末維新。そんな中をまっすぐに生きた坂本龍馬や中岡慎太郎は、やっぱり私のヒーローです!

2006年7月10日 ★革命児★

私たち高知県人にとって坂本龍馬は「地元のヒーロー」ですが、県外の方からこう言われたことがあります。
「龍馬は土佐を捨てて出て行ったのだから、高知は龍馬に見捨てられた恥ずかしい土地柄だ!」と。。。
小学生のころだったので、子供心に非常にショックでした。 大人になってもその言葉が心のどこかに引っかかている。 もちろん、龍馬が「高知を捨てた」とはさらさら思っていませんが、そう思えば思うほど逆に、ではナゼこのような偉人を土佐から排出できたのか、という好奇 心は膨らんだ。
それこそ四国山脈を背負い、太平洋に大きく望む土佐だからではないか?と。
そうかもしれませんが、最近私は思うのです。土佐には特有の身分差別があり、交通も産業も豊かではない、はっきり言って自然しかいいところのない土佐だからこそ偉大な革命児は誕生したのだと。
世界中の革命家は裕福で平和な暮らしをしているお坊ちゃまではなく、圧制に苦しむ民衆の中からしか生まれていない!龍馬が江戸に生まれてもこのような志は持っていないだろう。
新しい平和革命は高知だからできるのだと感じるこのごろです。

2006年4月10日 ★れぼりゅーしょん★

私にとって「革命」と聞くと真っ先に思い出すのは「フランス革命」です。
皆さんはどうですか? あまり世界史に詳しくないのでフランス革命についてはよく知らないのですが、民衆が自分達の手に政治を(?)取り戻すための、大革命だったことは確かです。
さて日本で起きた「明治維新」という革命はどうだったのか。
江戸幕府崩壊、その先頭に立ったのは薩摩藩や長州藩といった武士です。
しかし、元々商家に生まれた坂本龍馬や、庄屋の息子・中岡慎太郎 といった「民衆の代表」の活躍があってこそ実現した大革命でした。 坂本龍馬の功績は沢山ありますが、一番の功績は何といっても「薩長同盟の実現」でしょう。(すごい龍馬ファンの人から言わせると違うのかもしれません が…) 犬猿の仲と言われた薩摩藩と長州藩の誤解を解き、両方が歩み寄り団結した時にすでに維新は成っていました。
人と人の繋がり、そして団結。繋げることができたという、龍馬の行動と勇気は尊敬してやみません。
私達人類はもっと、もっと団結できるのかもしれませんね。

2006年1月10日 ★功名が辻スタート★

いよいよ大河ドラマで「功名が辻」がスタートしましたね。
高知県では、山内一豊の妻・千代が、自分のへそくりで馬を買い、夫・一豊は合戦で大活躍をした話が大変有名です。他県ではどうなのか、少し興味があるところでもあります。
それ以外では、私もあまりよく知らなかったのですが、とても愚直で、また妻を大変愛した男性だったようですね。 「内助の功」で一国一城の主になった一豊ですが、土佐は元々西軍についた長宗我部氏の統治する国で、 山内氏による土佐統治に不満を持つ長宗我部遺臣の中には一豊の暗殺を企てるものまでいたため、影武者を立ててその襲撃に備えたと言われるほどだったようで すね。
その後、長宗我部氏の家臣は「郷士」として山内に認められることになるのですが、山内氏家臣の「上士」と格段の身分差があり、土佐藩固有の身分差別となりました。 坂本龍馬の自伝や小説にも身分格差ゆえの仕打ちが、度々登場しています。
幕末、大統領や農民のアメリカ人の写真を見せられた龍馬は衝撃を受けました。
いわゆる一番身分の高い大統領も、身分の低い民も、皆が同じような革靴を履いていたのです。
龍馬が目指した日本は「身分差別のない平和な日本」だったとのこと。。。

2005年始め

そもそも土佐藩は関ヶ原の戦いで、当時土佐を治めていた長宗我部氏のもと西軍に加わり敗北しました。
徳川幕府では1601年東軍より山内一豊が土佐に入国し24万石を納めました。
予断ですが、来年度のNHK大河ドラマではこの山内一豊と妻・千代の物語です!楽しみだ~(^▽^)/ さて、幕末、 倒幕の中心となったのは薩長土と言われていますが、薩摩・長州は関ヶ原で西軍だったのに対し、土佐・山内氏は元々東軍。「倒幕!」と言ってもその立場は微 妙なものでした。
そして明治政府では政府の中心から離れ、自由民権運動へと流れが変わっていったのでした。
歴史の歯車とは面白いものです。 まあ、なんと言うか、土佐という国土の宿命を感じる歴史ですね。
その中で時代を動かした人物を排出したのも紛れのない事実で、土佐の高知の使命を感じる今日この頃です。


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